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メメント・モリ

カラス

窓辺でカラスが鳴いている
喉奥の赤い叫びが 天に届けよとばかりに
熱にまどろむ私が 目覚めよとばかりに

偉大なる神の使いよ
私の魂を狙っているのかい?
もっと近くにおいで
その太い嘴で私の心臓をえぐるつもりなら
おまえのその細い首を私が握りつぶさないと信じているのなら
この枕辺へおいで

誇り高く輝く黒い命よ
今おまえが広げた翼の形のように
生命は残酷だ
おまえは死神の鎌を背に負い
翼を持たぬ我々は胸に抱く
あるものはその手の内に赤く研ぎ澄まし
またあるものは噤んだ口の中に白く隠している
黒も赤も白もみな鎖に連なって
おまえのはばたきでさえ天を割ることは決してない

ゆめ疑うなかれ 不吉な黒い鳥よ
おまえの叫びは赤子の泣き声に等しく
死にゆく者の呻きでもある
この枕辺の私の微かな息でもあり
飛び立つおまえの羽音でもある
ゆめ喪うなかれ 大きく賢き鳥よ
我々でさえ胸に抱いて離さぬ白刃の煌めきを
宇宙に連なる鎖で黒光りするまなこ

死者を選ぶ鳥よ
命がひとめぐりしたら
この枕辺に帰っておいで
強靱なおまえの黒さを 両手を広げて迎えよう
赤い賛美歌でも口ずさみながら

'02 ― Anamunesis ―

青い星

生という悲哀の極み
死という悦楽の極み

私という夢幻の極み
君という永遠の極み

それらが混ざり合ったら
こんなにもあざやかなマーブルで
地球を青く染め上げた

いま 生きているという 美しさの極み

生という歓喜の極み
死という恐怖の極み

私という絶対の極み
君という幻想の極み

それらが混ざり合ったら
こんなにもあざやかなマーブルで
地球を青く染め上げた

ただ 生きているという 愚かしさの極み

'02 ― existence ―

シキ

晩春の夕闇は
やうやう深くなりゆきて
いつしか盲となるべきさだめが
雨後のやうに匂ひ立つのでございます

真夏の空は
霊がすぎゆくやうな熱におほわれ
まどろめば 正午の鐘が
くおんくおん久遠と鳴り響くのでございます

初秋の稲穂は
どこかしらに狂気を稔らせて
風のままに狂ひなき旋律を奏でるので
血をめぐる病に似ているのでございます

真冬の雪は
すべてをしんから冷やさふと
たくらんで あわあわと積もるので
小鳥さへも埋めて眠るのでございます

にほんごをうつくしいとおもえるのは
にほんにしきがあるからでございましょう
ただ超然とすぎゆくものに
ゆだねられた命があるからでございましょう

'00 ― Four Seasons for the Life ―

絶え間ない
雨音の中で
目を閉ざす
しばし休らうために

病んでいるのは
体か 心か
そろそろわからなくなってきたころ

雨の音は
優しく
私を包む

やすらぎは天から降ってくる
熱にほてった私の体を冷やすために

そうして冷やして
亡骸の温度にまで
私を下げるために

雨よやむな
雨よ降りしきれ
私の命在るまで

'97 ― Rain and Fever ―


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