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恋心

スィートロリポップキャンディ

1.
降り積もったばかりの雪の上を
遠くから歩いてきたみたい
赤い暖炉で火を起こせたら
私を甘やかす飲み物をちょうだい

冷たいのは世界か私か
わからなくなるくらい 白いつぶてにうたれていたみたい
ホットチョコレートにはバニラをたっぷりと入れて
私を甘やかしてちょうだい

2.
迷い込むなら
不思議の国に迷い込んだ
アリスの体内って決めてるんだ
いっそ胎内で眠ろう
だからチェシャ猫の存在がとても気になるんだ
あいつら結婚しないかな

3.
好きなものに赤い目印つけて
その他のものと線分で区切れたらいい
胎内でまどろむ私には
中途半端な味で匂い立つけど
好きって言葉も中途半端に甘みがさす

4.
地球半分ぶんの
丸みをかたどった手のひらから
愛おしい砂のように
こぼれてゆく記憶
いっそこの手をはなしてしまいたくなる
二度とかえらないよう ずっと歩いてゆけるよう
まあるい砂に 願う

5.
正しい、正しくない、
信じる、信じない、
生きる、生きない、
自由、不自由、
愛、罪、平和、やさしさ、
他人、
耳をふさいでしまいたいものばかり
白い世界にあふれているから
がむしゃらに歯を立てて
青い果実のすっぱさで 涙を滲ませた

6.
スィート ロリポップキャンディ
ねぇ 私はいつから語らなくなったのかな?
キャンディを転がすのは得意な私の舌が
語るための動きをいっさい持っていないのはどうしてかな?
君は覚えてる? 忘れてしまったら
思想をかみしめるためのガムをちょうだい
願わくばアッフォガードの味で
エスプレッソはすこぶる苦いのが好きだから
ココナッツアイスはとても甘いほうがいいの

7.
一人で見る夢の昏い悦び
二人で混ざり合う甘い悦び
どちらも
生きているという表層の上では
何もかわらなかった

私は直接的なことが好きで
君は歪曲された事実が好きで
二つ同じことだと気付くまで
何度迷ったふりをしたかな
ボールを投げるときのフォームが格好よくてずっと見とれていたのに
君ってば「あなたのそばにいたいんです」って雲隠れしちゃうんだもの
人は人 私は私と
わりきれる関係さえすりきれていく

8.
珍しい小鳥が目の前にいても
私は真っ直ぐ突き進むけど
誰かが小鳥に見とれているのに気づいたら
ちゃんと避けなきゃ
そして私も見とれなきゃ

9.
幻の深海を突き抜ける地下鉄を突き抜けたら
明け方の 真っ平らな空に
白い穴ひとつ あけた月

10.
まあるい月の形をして
まだ見ぬ命のまなざしが匂い立つ
まなざしという言葉を愛す
ま、な、ざ、し、
ね すてきでしょう
ちゃんと声に出してよんで
あなたの言葉でよんで
あたしのからだのようにやわらかいでしょう

11.
しみじみしみいる君の声

12.
まだ中途半端だけれど
憧れをやっと手に入れた
舐めたら甘い海
舐めたらレモン味の砂

'03 ― Sweet Lollipop Candy ―

メシア

あなたはまるで飢えた人を癒すパンのようです。
あなたに逢うたびに、わたしは満たされることを知るのです。
あなたのまなざしはまるでワインのようです。
目が合うたびに、わたしは自分の渇きを思い知らされるのです。
あなたが胸にあの十字架を抱いていることを知っています。
あなたが眠りにつくときの端正なまつげの影も
あなたが夢見るときの鼻筋の彫りの深さも
すべてが祈りの形をしているので、
あなたが罪におそれおののいていることが容易に知れてしまうのです。
わたしの上に神はなく、
あなたの上にも神がないことを知っていますが、
あなたの祈りはなんと正しいことでしょう。
あなたの罪はなんと深いことでしょう。
あなたはわたしのことを優しいと言いましたが
それは、娼婦の優しさではなかったかしら?
あるいは、大いなる母の胎内のまどろみではなかったかしら?
わたしの腕の試練をくぐり抜けて、
もう一度、生まれ変わるとしたら、あなたは
その罪ゆえに“永遠”という名で呼ばれることでしょう。
だけどあなたはそれを望まないから、
楽園を求めてやまないのですね。
人を愛してやまないのですね。
あなたこそ、メシア。
籠の中の青い鳥。

'03 ― Messiah ―

Ocean Dark

あなたは背中を丸くして
輝くビルの中に座っている
その向こうに海が見える
透きとおった結晶体になりたがった あなたの中に

ずっと座っていなさい その疲れがとれるまで
深い眠りに落ちるまで

悲しみに広がる海原が
あたしにどんなさざ波をたてるのかも知らずに 眠っていなさい

いつか あたしを振り返ったら
「何て前向きに生きて来たのだろう」
と ほめそやして

あなたに会うまでのあいだ
溺れることなく
漂木に掴まっていたあたしを ほめちぎって

耳をすますと海の鼓動
夜は思いのほか眩しくて
黒いうねりは暖かい
目に見えないものを恐れて歩いた子供の夕暮れ
丸くなったガラスの欠片に つまずいて泣いた

'01 ― Ocean Dark ―

phonecall

ごめんね、
窓の外の景色にちょっと見とれてただけなの。
月や星や闇やビルのすきまやあたしたちのことなんかを考えていたのよ。
窓の外に見えるイルミネィションはきれいだけど、
そのもっと向こうに何があるのかなってことも考えていたの。
夜はどこまで続いてるのかな。
空はどこまで広がってるのかな。
空を飛べたらいいなって思ったのよ。
そうしたら、あなたのところにも飛んでいけるのにね。
大丈夫、一人でいることはさみしくない。
だけど、あなたとの距離が、こんなに遠いんだなって、
実感することがさみしいの。
宇宙は一つなのにね。
どうあがいたって、心は一つになれないでしょ。
……いつ見てもきれいな窓の外。
人間はどこまで進化するのかな。
広がりつづける宇宙のように、心の宇宙も広がって、
もっともっと遠くなってしまうのかな。
そしたら会えなくなっちゃうね。
それが一番さみしいね。
うん、今はね、あたしたちのすきまを埋めるには、
どうしたらいいかなってことばっかり考えてるのよ。
また、会おうね。
おやすみなさい。

'00 ― phonecall ―

空気

どうしても会えない僕たちの隙間を埋めるために、空気がある、
っていうのはどうかな。
それとも、広がった空気の隙間を埋めるために、
途切れ途切れの僕たちがいるのかな?

'99 ― Air ―


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