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矜持

旅の空

ひどく遠いところから来て
帰る場所はない
進むばっかりだ
馬に塩を絶やすな
ただ真ん中を行け

この道が向かう果てに
終着の泉があるのを知っている
常し辺に溢れるその水は美しく光り
オフィーリアの歌声のように私を誘う

決して辿り着けないことも知っている
数多の屍が道端に積み重なっているから
それでも馬の歩みは永遠だ

馬に水を絶やすな
ただ真ん中を行け

辿り着きようもないのだ
旅の空は果てしのない空虚に満ちている
早く正しく終わりたい
それが私に課せられた使命ではなかったか

辿り着きようもないのだ
私の口笛は空に吸い込まれるばっかりで
その歌声に重なることはない
いっそ絶やしてもいいだろうか

辿り着きようもないのだ……
私がいかに力を振り絞ろうとも終わりは無く
ただ結末だけが訪れる
常し辺に溢れるその水は美しく光り
オフィーリアの歌声のように私を誘うが
馬だろうか 私だろうか
その夢を見続けているのは

馬は今日も無言で ただ真ん中を行く
青ざめた少女の狂気を受け入れながら
ならば私はせめて標を立てて歩こうか
いつかこの道を辿る もう一人の私のために

'08 ― I'm wondering about wander. ―

白き波頭

生まれながらにして私の生は終わっていた
あとはどれだけの日々を自分の醜さに耐えうるかだ
心から深くそう思う夜もある
あるいは己の内から湧き出るとめどない情緒に感じ入り
命ある幸福に酔いしれながら眠る夜もある

どちらも私の夜であることに変わりはない
表裏でもないし 光闇でもない
それはたとえるなら波だ
夜毎に違う形で押し寄せ
一度たりとも
一つ形を保ちつつ留まったことがない
波間ではときどき夢想の魚たちが遊びさえする

波ならば絶えず打ち寄せるがいい
そうして洗ってくれ この黒い胸壁を
歳月に曝されてなおも黒光りできるよう
白き波頭はとうをひるがえし 濡らし続けてくれ
気付かぬうちに僅かずつ削れゆき
いつかふと目を落としたそのときに
大きくえぐれた痛みが残っていたとしても
私の身から海に放ったものを
決して悔いたりはしないから

'08 ― Wave ―

彗星

深海のように淀んだ大気の底で
そして、深海魚のように膜に覆われた大きな眼の奥で
もしくは、休火山のように堅くひき結んだ口の奥の さらに深く赤いところで
たましひの「ひ」がかなしく灯っているのを感じないか

その火は彗星のようにときおりこの世界に近づくが
すぐにまた遠く宇宙の彼方へと去っていく

長く尾をひくことは望まない

ただ 鮮烈な熱で地上に焼き印を刻み付けることができたなら
そのためにわたしの命は燃えているのだと
ようやく眼と口をひらいて言うことができるのだろう
そのためにわたしの命は

'05 ― essentia ―

沈黙という快楽

1.
語らないのは
語ったら終わってしまうから

言葉にしないのは
決して真実ではないから

描かないのは
二度と壊したくないから

心が生き続けるのは
私の胸の中だけ

そうして埋もれていく物語も本当は
誰かに美しく伝わればいいのにと

ただ小さな歌を口ずさむ
途切れることなく繰り返すメロディを
壊されることなく
誰かの胸で生き続ける美しき嘘

2.
ああ
どうか
そんなに言葉を尽くされては
私はいったい何を言えばいいのか?

どうか止んでくれ雨よ
月の光よ
キリギリスの歌よ
ヴァイオリンは今すぐその弓を置き
ルーブルの絵も彫像も崩れ落ちてしまえ
オーロラは舞うな
闇も失せろ
静寂さえも欲してはいない
私の言葉のために
ただ一瞬でいい
世界は語ることをやめよ

3.
天上の調べを聴きたい
そう思って奏でた旋律は
まだ どこか甘く
イカロスのようにこの胸元へ墜ちてくる
郷愁?
これが歌であるならば
届かないはずはないのに
神であろうと人であろうと
鬼であろうと
灼き尽くしたい思いは
変わらないのに

4.
詩を重ねるごとに
ひとつひとつ
過去が青臭くなってゆく

地球が青かろうが丸かろうが
私の人生にはべつだん差し障りがないのに
知ってしまったときのような気持ちだ

かの宇宙飛行士の言葉で
丸みや青さが
突如として意味を帯びはじめてしまった
もう逃れることはできない
世界は回っている

知識や言葉を重ねるごとに
ひとつひとつ
詩は青臭くなっていく
逃れることはできない
世界はどんどん丸くなる

5.
言葉がいったい何になる
冷たい泉の底で静謐に眠る
小さき石を拾うには
不屈の手が必要なだけなのに
オーロラを輝かせるには
ただ世界があればいいだけなのに
知らせて欲しい
傲慢さこそが正しいのだと

'04 ― Silence is my only pleasure. ―

不死鳥

まるで
原始からそうであったかのように
私の手にはペンが握られ
私の懐には紙が折りたたまれている
そして
原始からの約束であるかのように
私はそのペンと紙で
新たなる歌を生むだろう

やがて
永劫を望まぬ時の流れの中で
その歌は崩れ落ち腐れ果て
蛆が湧きだすだろう

だが忘れるな
その蛆にはいつしか羽が生え
飛び立ってゆくことを

忘れるな
魂には羽があることを

'02 ― Psyche ―

最後の一葉

言葉よ
白く降り積もれ

この胸に潜む狂気を
どうか覆い隠してくれないか

何をか言わんとして蠢く舌を
どうかふたぎ潰してくれないか

今をもって世界へと叫び出したい
「言葉など知るのではなかった!」と

偉大なる詩人たちよ
あなたがたの果てなき業に思いを馳せる
美しく綴られた言葉は涙に見える
やさしく茂る森に見える
焼きつくしたい炎に見える
自らをつなぎとめるための 最後の一葉に見える

'02 ― The Last Leaf ―

無題

天からことばが降ってくる

雪よりも白く

鉛よりも重く

のしかかって 私を支配しようと

やめろ

私を通してただの言葉になるのかおまえは
私が紡ぐ変哲のない意味を欲するのかおまえは

神秘ならば 神秘であれ

降り注いで私を捉え
その響きの中に私を埋め
ときに無関心になり
ときに世界をふるわせて私を嘲笑するおまえは

これ以上私を惑わすな
私のために汚されるな
誇りを持って響け

逃さぬよう
壊さぬよう

宇宙に たったひとつの

真理ならば 真理であれ

'02 ― It's kind of LOGOS that has no name. ―


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