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お伽話

パパが迎えにくるまでは

少女はくちびるをひきむすんだ
ちいさな野原に
ちいさなつむじ風

少女はこぶしをにぎりしめた
ちいさな瞳に
ちいさな雫

少女は泣きたかったけれど泣けなかった
おおきな過ちにこそ
おおきな負けん気

おとついのお誕生日に
だいすきなパパからもらった
たいせつなうさぎ
遊びたかっただけなのに
いっしょに遊びたかっただけなのに
もどらないうさぎ
せまりくる夕闇

おこってしまったできごとと
うしなってしまったものごとの
とほうもないおおきさに耐えようとして
ちいさな体で野原の真上をふみしめる
足もとにころがるからっぽのかご
草陰にはやわらかい獣のいぶき
おさないうさぎは帰ることをしらない

だんだんつめたいつむじ風
どんどんさびしいちいさな野原
はやく帰らないとたいへんだ
まっくらな夜がやってくる
空ではおおきなオリオンが
星のうさぎを追いはじめる
それでも少女はうごけない
夜よりもっとかなしいから

もうすぐ一本道をのぼって
少女を心配したパパが迎えにくる
それまでは泣かないようにと
ちいさなくちびるをぎゅっとひきむすぶ
遠くでにじむ街のあかり
うさぎの星も遠ざかる
オリオンのベルトのむこうから
おおいぬが吠えたてている

ほら うしろからやさしいパパの足音
ふりむいたら
ちゃんと言えるだろうか
おおきくてあたたかいパパの胸に抱かれて
「ごめんなさい」
帰らないうさぎのぶんもいっしょに
瞳いっぱいのかなしみといっしょに

「後悔」というテーマでリクエストをいただいたので、「後悔」という単語を使わないように気をつけて書いてみました。

'07 ― The Little Girl with The Large Regret ―

ジングルベル

町の古い教会は
柵の赤いペンキが剥げている
庭では小さなもみの木が
可愛い靴下やら天使やらを重そうにぶら下げている
この日のために近所の子供らがこぞって飾りたてたのだ
星や鈴や小さなサンタクロースはおとなしく
大切な日の夕陽を照り返している まばゆいほどに

子供らもその親たちも
教会の奥に引っ込んで
手に手に金色の輝きを灯している
年老いたオルガンの音までも光をはらむかのようだ
ある者は慎ましやかに祈りながら
またある者はのびのびと口を開け
暮れゆく世界にも さあ 聖なる調べを響かせよう

ついさっき耳を振りながら教会の庭にあらわれた大きなぶち猫は
はじめて見たクリスマスツリーに呻る
ぴかぴか光る眩しいこれらはなにものか
ほら 緑の葉陰で金色の鈴が誘うような身じろぎを……

いま 地を蹴って
飛び上がる 猫が
金色の鈴を
その 獣の口に
捕らえる
ために

鈴のひと鳴りが町の黄昏に消えていったとしても
誰も気付かない 賛美歌が続いているから

猫は得意げに目を光らせて
大通りを駆け抜ける
子供たちの木から盗み得た金色の獲物と一緒に
耳の先から尻尾の先まで 一陣の大きな風になる
町では 恋人たちが その風に耳をそばだてた

聞け
聖なる夜に 無悪の鈴の音が響く

ほんとうは猫は盗んでなどいない ただ手に入れただけだ
それは日を問わず幾多と繰り返された 自然なる営みだ
すべてが己のものである世界から いったいなにを盗み得よう
いったいなにを殺し得よう
罪を知らぬものこそが奏でる無垢な音色は
黄金の風になり 町を飛び越え 山々にこだまして
世界中の調べと唱和する けがれを知らぬ生き物たちの賛美歌として

そのときも人類は
ペンキの剥げた教会の奥で
古い木の十字架にひっそりと掲げられている

'04 ― Jingle Bell ―

聖夜の旅人

旅人
「私は
 人間のほかに
 こんなにも救われたいと切望している生き物を
 見たことがない」
渡し守
「そして救われさえすりゃ
 行き先が楽園だろうと地獄だろうと
 誰も気にはしないのさ」

'02 ― MYTHOS ―

最後の引き金を誰も引かなくなって
疲れ果てた戦場に 雨が降る
動けぬ兵士の上に降る
兵士の体から最後の涙をそっとぬぐい
最後の血を洗い流し
やがて最後の呼吸をやさしく奪うだろう
彼の温度を世界と等しくするだろう

重い子を置いて母が走ろうとする
赤子の泣き声をかき消して 雨は降る
だから母は振りきって進むことができる どんなに心を残しても
灼かれゆく地から 生き延びるために
雨はやさしく赤子を包み
そっと彼の鼓動を冷やすだろう
彼の温度を世界と等しくするだろう

蛇のごとく長く尾を引いて
雨が降る 弾丸がえぐった地に
土は水に溶けて流れ 傷を隠しはじめるだろう
リンゴを囓ったアダムとイブの 恥じらいにも似た仕草で隠すだろう
雨は大地をやさしく包み
いつか大河となって傷を癒すだろう
蛇のごとく長く尾を引いて大河は流れるだろう
いつか海へ還るために

人類はとうの昔に
還るべき楽園を失ったのに
いったい誰がまだ探しているのか
雨が海にたどり着きまた雨に還るならば
争いは憎しみにたどり着きまた争いに還る
おのおのの楽園を求めて弾丸は地をえぐり
兵士は倒れ 赤子は失われる
それでも雨は降るだろう
いつか雨へと還るために
世界が等しくなってもなお
雨はただ雨として降るだろう

'01 ― Rain falls as Rain ―

雨と記憶と思い出と -少女-

「虹がかかればいいね」
「虹のかかる町にも悲しい人はいるよ」

雨は
少女の泣きたい記憶
少女の甘い思い出

彼女がふと顔を上げると
教室の外はまだ雨が降っていて
帰れそうにもないから
読みかけの本に ふたたび目を落とす

ぽっかりとあいてしまったすきまのような心を
どうしていいのか分からないまま また頁をめくる
さっきから 檻の鉄格子みたいにおんなじ仕草で

なにを求めているのか 説明のつかない憂鬱
誰もいない教室
しずまりかえった校舎
暗い窓の外
まだやまない雨の音

しんとした心の中で ふいに
だれも居ないこの四角い世界が恐ろしくなる
彼女は必死に考える
雨音があるから学校は恐ろしいのか
それとも雨音が無いほうが学校は恐ろしいのか
たぶんそれは と彼女は小さく呟いた
「私が恐れているからなんだろう」
こんなにもわかりやすい孤独に 出会ってしまうなんて

とうとう本を閉じて立ち上がり
足早に教室を出た
校舎の出口で小ぶりになった雨を見上げる
家に着く頃にはびしょ濡れになるけど
暖かいシャワーを浴びればいいだけのこと
一歩踏み出そうとした少女の肩を
止めたのはひやりとした手
驚いて振り向くと 隣のクラスの少年が立っていた
手には水色の傘
傘を少し持ち上げ 小首をかしげる
彼女はうなずいた
そして水色の傘の下には二つの影
けぶる街の中へ消えてゆく

雨は
少女の甘い思い出
少女の泣きたい記憶

「小説のような雨の詩」というリクエストにより。

'00 ― The rain reminds her of sweet memories. ―

雨と記憶と思い出と -少年-

雨が降っている
少年は憂鬱だ

街にも学校にもなにも面白いことはない
水色の傘を広げて外へ出たが
頭上を打つ雨音に苛立ちを覚え
校舎の中に戻ってしまった
傘を振って雫を飛ばす その行為さえも
自我に唾を吐くかのようで自分に腹が立つ
こんな雨でこんな憂鬱な日はいつも
なにひとつとして救いがないから
魂ごと捨ててしまいたくなる

そこへ あらわれたのだ
一人の少女が 髪をなびかせ颯爽と
しかし傘がないのか
校舎の出口で立ち止まり空を見上げている
隣のクラスのときどき気になる少女
黒い瞳が宿しているのは
すべての答えを知っているかのような清らかな光

少年の胸にほのかな熱が灯る
それは非常に不思議な速度で
雨雲の奥からやってきた
たとえるならば虹のよう
思わず少女の肩へ手を伸ばした

やがて水色の傘の下に二人
けぶる街の中へと踏み出していく

打ち解けて少女は言う
「虹がかかればいいね」と
少年は答える
「虹のかかる街にも悲しい人はいるよ」と
少女はうなずく
「そうね、雨の降る街にも歓びがあるように」

水色の傘の下で微笑んだ少女を見て
少年は世界中の哀しみと幸福をいっぺんに知る
虹が空に架かることの奇跡を思わずにはいられないほど
だから少年にはもうなにも答えられなかった

小さくお辞儀をして
少女はマンションのガラスの中へ消えていく

水色の傘をたたんで少年は雨に打たれた
見上げた空には一条の光が差しこみ
あれは もしかして かすかな虹……?

世界を丸ごと包んでけぶらせる雨
幻のように
宇宙に溶けこみ還っていく淡い淡い虹
少女のやわらかな微笑
もしかするとこれからはじまるかも知れないし
もしかするとこれで終わりかも知れない
それでもこの記憶はたしかに
一人の少年を救った

それからどんなに時が過ぎようとも
少年たちの帰り道は
思い出を辿るために敷かれている
雨の日の虹は
初恋を辿るために架けられている

「雨と記憶と思い出と」という題の詩でリクエストをいただいたので、過去に書いた詩をもとに、少年視点で書いてみました。それにともない、原型になった詩の題を「雨と記憶と思い出と -少女-」に変更しました。

'06 ― The rain reminds him of sweet memories. ―

人魚姫

緑色の海に沈んで
小さな貝は静かに泡を吹いて呟く
「許して、あたしを許して」
誰に乞うともないその祈りは
光の届かない海の底で
魚たちが啄むのだろう

(白い珊瑚は眠りながら
もう目覚めないことを知っている)

深い海の底に横たわり
小さな手のひらを組んで人魚は祈る
「許して、あたしを許して」
せめてその涙が真珠にでもなれば
泣いた証がその手に残るだろうに
人魚は零れ落ちた涙をすくう事もできない

(シーラカンスは悠々と
この海から姿を消した)

形にならなかった人魚姫の夢
泡のように儚い呟き
「運命って何?」
「許して、あたしを許して」
混ざり合う人魚の涙
永遠に届かぬ祈りを優しく含んで
海は今日も波立つ

'00 ― fate ―

真夜中のメルヘン

もうすこし もうすこしでとどきそうな
ほそい ほそいつきのかけら

ころがるように すずをならすように
つよく あわく ひかりをはなつほしたち

おどりだしそうなしっぽを ぴんとのばして
あいいろのそらに ひとみをひからせるの

まじょのほうきは どこまでもとべるわ

ひつようなのは とかげのしっぽ
かえるのなみだと まっかなりぼん

しっぽのりぼんをよかぜになびかせ
あたしのこころはやみにおどる

くすぐったくて にゃーご!
うれしくなって にゃーご!

きょうかいのとうのうえも
すいすいすいとへっちゃらよ
もみのきのはなさきをかすめて
まいあがれ あたしのすべて

まじょのほうきは どこまでもとべるわ
さぁ つきのうらがわまでいって
ほしたちといっしょに てぃーたいむしませんか?

'97 ― Cats Likes Midnight ―


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