『双子の夜明けと魔女の呼び声』  天月翔子 ●はじめに ・本文6p〜245pのうち、6p〜10p(序章途中)までの内容です。 ・smoopy(http://site-clue.statice.jp/soft_smoopy.php)とか使って読むと幸せになれるかも -------------------------以下本文------------------------- ■ 序章 黄昏の劫火  はじめに、炎が目に入った。 「――!」  叫び、とっさに呼んだのはだれの名だったか。  そこにだれもいないことを願いながら、燃え盛る家の中へと飛びこんだ。  着地と同時に周囲の気配を探る。  生きているものは――一人。  鼻を灼くつんとした臭いに咽せそうになりながら、すぐさまそちらへ足を踏み出す。と、床を舐めていた炎がぬるぬると生き物のように動き、道をあけた。この血に宿る力が、無意識に火と熱を退けているのだ。それでももどかしくなって、右腕を横に大きく振った。その簡単な動作だけで、家を喰らっていたすべての炎は、瞬く間に鎮まった。  代わりに、小刻みな震えと眩暈が体に押し寄せてくる。強力な魔術を力任せに行使した反動だ。 「さすがだね、兄さん」 「――、」  喉が引きつれて、その名を呼ぶことさえできなかった。  黒煙が薄れゆく中、こちらに背を向けて佇んでいたのは、会いたかった家族の一人。  双子の弟。  背中に小さく折りたたまれた翼がすこし焦げている。  彼はゆっくりと、もどかしいほど緩慢に、振り向いた。 「呪文もなしでこんなにあっさり僕の火が消されちゃうなんてね。やっぱり魔術でも兄さんには敵わない。でも、かけっこは僕の勝ちだよ。兄さんは一足遅かった」  槍の先を見せつけるように掲げ、弟は煙の奥でいびつに笑う。 「待ちくたびれて、みんな殺しちゃった」  その槍の穂先は赤く濡れ、なお滴っていた。そして、彼の足元に転がっているのは、あざやかな赤に汚され、半分焦げた……身体。それも、たくさん。  はっきり目に映さなくとも気づいてしまった。それらが今宵、自分たち双子の二十歳の祝いのためにこの家に集まってくれた、親しい友人たちのものであることを。そして、彼らを迎え入れたであろう両親の身体も、そこに――  嫌な臭いの正体を知ると同時に、吐き気に襲われた。  床に飛び散って煤けた無数の、羽、羽、羽。  焦げた金の髪を散らし、青い目を見ひらいたまま、口から一筋の赤い色を垂らして仰向けに倒れているのは、母の小さな体。  高名な魔術師であったはずの彼女が……なぜ。  その傍らに伏す、背中が焼け焦げた細長い身体は、親友のカイン。名剣士の彼は、その手に愛用の剣を握りしめている。細身の美しい刃は剥きだしで、いまは燐光を失って完全に沈黙している。煤一つ、赤い汚れ一つ、付着させぬまま。  彼の体の下で庇われるように抱かれているのは、今年結婚を約束していたカインの恋人。突き出した二本の足は、ぴくりとも動かない。  胃になにかあれば、本当に吐き出していただろう。  眩暈がいっこうに治まらない。  ぐらりと体が傾ぎ、焦げた床に膝をついた。 「あ、もしかして初めてかも、兄さんが僕の前で膝をついたの。けっこういい眺めだね。あーあ、手まで真っ黒に汚しちゃって」 「リナ、は……」 「ふーん、真っ先に呼ぶのがその名前? 父さん母さん聞いた? あなたがたのご自慢の息子さんは、あなたがたよりも隣の家の娘さんのほうがよっぽど大事らしいですよ」なにがおかしいのか、彼は俯いて、くくく、と笑った。「ねえ、そんなに見てみたいんだ? 変わり果てた彼女の姿を」  熾火のような視線が舐めるように、ちろちろとこちらをうかがう。  吐き気と眩暈がいっこうに治まらない―― 「あれ? ……ああ、そうか、こんな嘘は兄さんには通用しないよね。前に言ってたもんね、リナが死ねば自分にはわかるって。そんなに万能なの? その〈ワタリの血〉ってやつは。それとも、愛の力かなにか? あっはは、愛だって、おっかしー。そしたら、世界中の人の死がわかっちゃうのかな、慈愛の天使さまには」  引っこみ思案な弟とは思えぬほど、その男は饒舌だった。 「父さんと母さんが死んだとき、ちゃんとわかった? 母さん、すごい断末魔だったよ、あんなちっちゃな体で泣き叫んで。父さんは怒ると怖いから、つい、最初に一撃で殺しちゃった」 「……、ぜ……」 「ん? なぜ、って言ったの? なぜ殺したのかってこと? 僕のほうが訊きたいよ、なぜいまさらそんなことを訊くのか、ってね。兄さんはいつだって、本当のことをぜんぶ知ってるくせに」  その口元にうっすらと浮かんでいる笑みは、いつもの弟が見せる気弱なものと同じ形をしているはずなのに、灼熱の炎よりも黒々とこちらの心を炙る。 「ねえ、すべての真実を見通し、すべてに等しく愛を注ぐ慈愛の天使さま」無邪気に呼びかけられたその二つ名が、こんなに呪わしいことはなかった。「その万能の愛のチカラでさ、僕のお願いごとも叶えてくれる? 僕を哀れと思うならさぁ」  狂った笑顔のまま、彼は振り上げた。赤い雫がまだ乾かぬ槍を。 「僕のために、苦しんで死んで」 --------------------------------------------------