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自我

また秋が巡ってきて
私はいっせいに狂おうとする

黄金色にたなびく稲穂の上を
得体の知れぬささやきが揺らめくのはなぜか

愛すべきこの季節に
おののきにも似た“旋律”が走るのはなぜか

なぜ
私は せいいっぱい
私でないものに満たされているのか

いざなう声が響く内側の
血管を少しずらして外に向けた

――― 観念さえ
逆転すればいい!

誰か 私を
思い切りよく転ばせてくれ

'02 ― Fall ―

世界

世界が広いというのは
私の思い過ごしだった
狭いものを抱えている個々人が
寄り集まっているから広く感じてしまうのだ

世界に騙されていた
私は広くなろうと羽ばたいて
その半身を
鳥かごの外に

放ってしまった

もう二度と帰ってこない

なんということをしてしまったのだ
なんということを知ってしまったのだ
たとえば世界がたった一つの空からできているとしても
それはただ 私が見上げたものでしかないと

残された半分の私は
今や知らんぷりや見ないふりがとても上手

それでいい
許してほしい
鳥かごから眺める空の青さを
誰も口には出せないのだ

'06 ― the WORLD is MYSELF ―

自問自答Ⅰ

私を産んだものは苦く
私を愛したものは固い
私を憎んだものは眩しく
私を敬したものは遠い
私を蔑んだものは等しく
私を恐れたものは華やかだ

それならば どんなにか繊細で
どんなにか重たいものだろう
しかしまだここにはいないのだ 私を私と成すための私が

'02 ― It's myself! ―

自問自答Ⅱ

君は眠る
私は愛する

そういう関係性や営みが
この地球の軸を回していると考えることは
はたして私を救っているのだろうか
生かしているのだろうか
殺しているのだろうか
わからないから今日も
たしかな夜が更けてゆく

'02 ― Because you're here, I'm here. ―

たとえば

たとえば私は
風になりたい
ものさえ言わぬ
風になりたい

だがときどきは
ぴゅううと吹いて
誰かをよろめかせたり
転ばせたりするのだ


たとえば私は
雨になりたい
熱さえ持たぬ
雨になりたい

だがときどきは
ひたたと湿り
えもいわれぬ抒情を
落としたりするのだ


たとえば私は
山になりたい
眼さえ上げぬ
山になりたい

だがときどきは
ごおおと唸り
わけもわからぬうちに
激情を発するのだ


たとえば私は
何かになりたい
私でさえない
何かになりたい

そしてときどきは
あははと笑い
生きていることを
喜びたいのだ

それはもう 真剣に
喜びたいのだ

'02 ― for example ―

追憶

思えば幼い頃から
満月は悲しいものだった
太陽も悲しかった
完璧にまんまるく
輝いているものは 皆 悲しかった

思えば赤ん坊のころから
ミルクの味は苦かった
とくに 母親のミルクが苦かった
やさしくてゆったりと
私を包むものは 皆 苦かった

思えば生まれたときから
生きるのは苦しいことだった
はじめての息を胸に吸い込み
オギャーと産声をあげるまで
その道のりの なんと遠かったことか

思えば生まれる前から
死は難しいものだった
自分の存在は それまで
かけらひとつ 何もなかったので
死は それよりもさらに難しかった

ほんとうは太古の昔から
満月やミルクや生や死の
すべてのことを知っていた
私は宇宙だったので
産まれたあとの自分以外 知らないことは何もなかった

'98 ― My Memories ―


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