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双子の夜と魔女の生贄

第二章 囚われ人の夜

1. 眠り粉

 双子は夜を待って動いた。
 生贄を得たネク族はその日のうちにリト市を出発し、いまは街道脇に数張の天幕を立てて野営中だ。近くには小さな集落があるが、ネク族は都市でしか商いをしない。大きな集落なら、食糧や水の補給でしばらく滞在することもあるが、移動時はたいてい、自分たちの存在が知られることを恐れるかのように、ひっそりと通り過ぎる。
 三日前の夜と同じように、双子は雑魚寝の大天幕をこっそり抜けだし、ハヤの姿を探した。
 内贄クグルは尊き犠牲としてそれなりの待遇を受けるが、外贄クグラは屋根の下で休むことも、毛皮の上で眠ることも許されない。与えられる食事もわずかで、残飯ばかりだ。
 腹をすかせているであろう囚人のために、なにか食べ物を用意できたら……とユイは思ったが、双子にはどうにもできないことだった。三日前の夜に抜けだした罰として、双子の食事はこの日まで、昼の一食だけに制限されていたのだ。余分な食べ物などなかった。
「いた?」
「ううん……見当たらない……」
 アイよりも夜目の利くユイが、珍しく姉を引っぱるかたちで進んでいる。
 馬たちを係留している付近には、野獣除けの篝火が焚かれているが、野営地の中央付近となると真っ暗で、足元もおぼつかない。頼りになるのは夜空を満たす星明かりだけだ。月はまだふたつとも浮かんでいない。
 どこかに転がされているかもしれない生贄クグラをうっかり蹴り飛ばさぬよう、あるいは天幕の杭や幕に足をひっかけぬよう、双子は慎重に歩んだ。
「やっぱり、いないみたいね」
 夜警番の目を用心深くかいくぐりながら野営地を一周しても、ハヤらしき人影は見当たらなかった。
頸環トルクの魔力は感じてるんでしょ? 正確な場所とか、わかる?」
「魔女様の力は一族全体に広がってるから、場所までは……」
「トルクがあることはたしかよね。私も感じるもの。でも、ハヤさんはいない、と……」
「もしかして、逃げたのかな……」
 つぶやいたユイの声は、喜びよりも不安の響きが強い。
 縛めは解けただろうか。トルクは無事に外せただろうか。
 そうでなければ、トルクにかかった魔女の呪いが、ハヤの体を死ぬまで蝕んでしまう。逃げるならば、トルクを外さなければ意味がない。
 魔女が脱走者を許してくれるかどうかも気がかりだった。百年以上に及ぶ一族の歴史の中で、逃げだせたクグラはだれ一人としていなかったと聞く。
 トルクを外したとき、なにも起こらなかったならいいのだけど……。
 淡い期待と強い恐れをユイが抱いたときだ。押し殺した悲鳴が、耳に届いた。
「や、やめ……手を離してください!」
「なんだ、起きてやがったか!」
「そりゃ起きますよ……わ、ちょ、考え直してください!」
「うるせぇ。この期に及んでぐだぐだ言うんじゃねぇ!」
 脅しているのは女の声で、悲鳴とともに懇願しているのが男の声だ。アイとユイは顔を見合わせた。
「この声って」
「アニタさんと」
「ハヤさん?」

試し読みはここまでとなります。お読みくださりありがとうございました。

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