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双子の夜と魔女の生贄

第一章 流星の夜

1. クグラとクグル

「たいへん、ユイ、ちょっと来て」
 生成りの布を前に、さて次はどんな服に仕立てようかと悩んでいたユイの腕を、引っぱる者がいた。見あげると、ユイそっくりの少女がいた。顔ばかりでなく、膝丈の白いワンピースも、頭の上で結んだ白いリボンさえも、鏡のようにまる写しだ。
 そこに鏡があるわけではなく、妖精シーたちがまやかしを見せているわけでもない。彼女はユイの双子の姉だ。走って天幕に入ってきたのか、明るい樺色の癖毛を肩の上で揺らしながら、姉はいったん息をついた。いつもみずみずしく輝いている大きな翠の瞳が、どうしたことか、いまは翳っている。
 ただならぬ様子の姉はそのままなにも告げずに、ユイの手を引いて天幕から連れだした。足を向けたのは野営地の中央、族長の天幕がある方向だ。
「どうしたの、アイ。もしかして、クグル、決まったの?」
 尋ねながら、ユイの胸は早鐘を打った。運命の日がとうとう来てしまったのだろうか。
 この一族の双子は十四歳も間近になると、どちらかが選ばれて〈大人〉になる。選ばれなかったほうは〈クグル〉になる。
 ユイは、大人になれるのは聡明で快活なアイのほうだろうと確信していた。つまり、生贄クグルの運命を引き受けるのは自分だ。〈ネクタルの一族〉の者ならば、生涯の終わりには必ずその命を魔女に捧げることになる。いや、還す、と言うべきか。一族に繁栄と加護をもたらす〈魔女様〉のためなのだから、クグルとして命を還すことは、ユイも納得していた。
 していたはずだが……。
 姉に手を引かれながら、ユイは足が震えだすのを止めることができなかった。
「そう、だから、たしかめてほしいことがあるの。――― っと、大丈夫? ユイって、なにもないところで転ぶのが得意よね」
「た、たしかめる、って?」
「だって、ユイ、私より目がいいでしょ」
 族長の天幕はあざやかな緑がまぶしくてよく目立つ。深緑のツタ模様が縫いこまれた天幕の前で、大人たちが人垣を作っていた。皆、とくに女性が、興味津々の様子でなにかを注視している。族長もその場に出てきているようだ。凛としてよく通る彼女の声が聞こえてくる。
「ずいぶんと時間がかかって、こんな折れそうな優男が一人? 次のサルトワまで、すくなくとも七日はかかる、と言ったはずだけど。この男が七日も保つとは思えないわ」
「しかし、族長様ノイ・セーラ、こいつ以外だれも門から出てこなかったんですよ」
「この時期に? そんなことあるわけないでしょう」
「魔女様に誓って本当です、旅人はこいつだけでした」
 険のある口調に圧されながら、男たちが必死に言い訳をしている。
 もめているようだが、ユイは鼓動をなだめつつ安堵の息をついた。会話の内容から、外贄クグラがいることは推測できた。つまり、自分はまだ内贄クグルには選ばれていないのだ。
 もうしばらくは、アイと一緒に過ごせる日々が残っている……。
 アイはユイをぐんぐん引っぱって、大人たちの背後にぴたりとくっついた。
「私、記憶力には自信あるけど、あのとき、夜だったし、それに、信じたくない」
「いったいどうしたの?」
「いいから見てみて」
 姉に促されるまま、ユイは大人たちの隙間をおそるおそる覗きこんだ。
 ちょうど、生贄の儀がはじまったところだった。族長の前で、一人の旅人が膝を折らされ、こうべを深く垂れている。両手首はすでに体の前で縛られ、抵抗を封じられていた。ひとつ結びの長い金髪が、無骨な男の手によって持ちあげられ、白い首があらわになっている。
(あれ? あの人……)
 白い肌と金の髪の組み合わせに嫌な予感を覚え、ユイは生贄クグラを凝視した。
 屈強な男に押さえこまれた旅人の体つきは、ずいぶん細く見えた。一族がいつも求めている“頑強そうな若者”とはすこし違っている。横からうかがえる顔立ちもやさしげで、悪く言えば頼りなさそうだ。そこまで確認したユイは、嫌な予感を確信に変えて息を呑んだ。
「見えた?」
「あの人……あの人って……」
「やっぱり、あの人なのね。私の思い違いならよかったのに」
 瞳を伏せたアイの横で、ユイは新たな身の震えに襲われていた。勢いでそのまま持ってきてしまった生成りの布を、震えを逃がすかのようにぎゅっと胸に抱く。
 双子の動揺をよそに儀式はつづく。旅人の頭上で族長が捧げ持っているのは、魔女から一族に与えられた頸環トルクだ。C字型をした重たい金の装身具は、本来、北の氏族の戦士が己の誇りと身分を示すためにつけるものだ。しかし、ネク族のトルクは戦士の勲章とはまったく違う意味を持っている。すなわち、魔女への供物を示す目印の首枷だ。
 昼を過ぎたばかりのまぶしい陽射しが、二匹のヘビが絡み合う黄金色の環を鮮烈に輝かせている。一度獲物を捕らえたら死ぬまで離さない魔女のヘビたちは、いままさに、哀れな旅人の喉元に巻きつこうとしていた。
 アイはその光景に目を背けたが、ユイは布を抱き締めたまま、旅の青年から目を離せずにいた。
「どうして、ハヤさんがこんなところに……」
 〈クグラ〉の青年――― ハヤと名乗る旅人と双子が出会ったのは、いまより三日さかのぼった夜のことだった。
 降るような流星群の夜だった。双子は母を捜すため、リト市で一番高い鐘楼に忍びこもうとしていた。その矢先に、文字どおり降って湧いたのが、彼だった。

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