プロローグ   何処までも広がる砂漠を一台のジープが走っている。乗っているのは一人の青年と白い猿だ。 「リオット。もうすぐパピットに着くぞ」 「キッキキー」  青年の言葉に嬉しそうな仕草をする猿。そして、青年の肩によじ登り、進行方向を指すと 「キーッ」  まるで速度を上げることを指示するかのように高らかに鳴いた。 「ハハ。お前も早くウィリアスに会いたいんだな」 「キキ」 「ああ。もちろん俺もだ。……じゃあ、少し急ぐから、風に飛ばされないようにしっかり掴まってろよ」 「キッ」  その言葉に応じるように猿は青年の髪をしっかりと握る。それを確認した青年はジープのアクセルペダルを一気に踏み込んだ。  速度を上げたジープが向かうのは砂漠の外れにある人形の国・パピット。そこで大切な仲間がこの一人と一匹の到着を今か今かと待っているのだ。 *  人形の国・パピット。  人と人形が共存する国。  この国の人形師達はその技術を磨く為、日夜修行に励んでいる。彼らが作る人形の中に〈砂人形〉 と呼ばれる生命を宿した特別な人形がある。その人形の生命の長さはそれを作る人形師の技量によって様々に変化する。故に長い間人間と共に在ることの出来る砂人形を作り出せる人形師はほんの一握りだった。  その一握りの中に若くして名を連ねる人形師がいる。フィズ=タスパという名のその人形師はその経歴から各国の要人より宮仕えも乞われていたが、それら全てを断り、街の外れで小さな工房を営み、ささやかに暮らしていた。  そんなフィズの工房の前に落ち着かない様子の青年がいる。金色の柔らかな髪に女性と見紛うような愛らしい容姿の彼はウィリアス=ゲートという名のフィズが数年前に生み出した砂人形だ。 「まだかなあ……」  ウィリアスは街の入口の方を見ながらそう呟く。 「もしかして道に迷ってるのかな?」 そう言ってウィリアスは街の入口へ駆けていく。そして、待っているものが見えないと肩を落として工房の前に戻ってきた。 「まだかあ……」  何度目かのその言葉を呟くと、工房の方から呆れたような溜め息と共に 「少しは落ち着きなさい、ウィル」 と言う声が聞こえてきた。見ればフィズが窓から顔を覗かせている。 「まだお昼よ。あの子は夕方頃到着すると言っていたんでしょう?」  フィズの言葉にウィリアスは「だって……」と零す。 「あなたがここで行ったり来たりしていても、そんなに早くは……あら?」  ウィリアスを落ち着かせようとしていたフィズだったが、何かに気付いて言葉を切る。それに釣られてウィリアスが振り返った瞬間、〈何か〉がウィリアスの顔に飛びついた。 「な、何!?」 「あらあら」  驚くウィリアスと小さく笑うフィズ。そして、その反応に呼応するかのようにウィリアスの顔にくっついたままの〈何か〉が「キッ」と鳴いた。 「え? リオット?」  その鳴き声にウィリアスがそう呼ぶと〈何か〉の正体、白い猿のリオットはフィズの肩口に跳び移り、ウィリアスに向かって手を振った。 「一人で来たの?」 「キーキキ」  ウィリアスの言葉にリオットは呆れたように首を振る。 「……今、僕のこと馬鹿にしたでしょう?」 「キッキキキー」 「あら、まあ」  ウィリアスとリオットのやり取りを見てフィズは楽しそうにしている。その様子にウィリアスは拗ねたように口を尖らせた。 「笑ってる場合じゃないよ! 母さん!!」  そう抗議してもフィズは笑うのを止めない。それに対してウィリアスはますます口を尖らせる。そうすると、フィズの微笑みも更に深くなるのだった。 「もう。母さんもリオットも酷いよ」 「ごめんなさい。ウィルが可愛いからつい。……それより、いいの?」 「? 何が?」  フィズの問い掛けに首を傾げるウィリアス。その姿にフィズは「あらあら」と漏らし 「リオットがここにいるということはあの子ももうじき帰ってくるということよ」 と告げた。 「!」  その言葉に弾かれるようにウィリアスは街の入口の方を振り返る。その視線の先にこちらに向かってくる一台のジープが見えた。 「フィートだ!」  その姿を認めると同時にウィリアスはジープに向かって走り出す。すると、リオットもフィズの肩から降り、それを追いかけるように走り出した。そして、ジープの運転席にいる人物がはっきりと確認出来る距離まで近付いたとき、リオットがウィリアスの背中を駆け上り、そのまま頭を踏み台にしてジープに向かって跳んだ。その勢いに押され、ウィリアスはジープの手前で転んでしまう。 「……大丈夫か? ウィリアス」  ジープから降りてきた青年は跳んできたリオットを受け止め肩に乗せると、転んでいるウィリアスに手を差し出した。 「フィート〜〜」  ウィリアスは泣きそうな顔でその手を取り立ち上がると、そのまま青年に抱きついた。 「ったく。男が転んだくらいで泣くな」 「だって……」  ウィリアスの様子に青年は溜め息を吐くと 「お前も久し振りに会えて嬉しいからってはしゃぎ過ぎだ」 と肩口にいるリオットを窘めた。 「キィー……」  窘められたリオットは尻尾を下げ力なく鳴くと、ウィリアスの肩口に降りていき、彼の頬に自分の頬を擦りつける。それはリオットが謝罪と親愛の情を示すときに見せる仕草だった。そのことに気付いたウィリアスは青年から離れるとリオットの頭を優しく撫でながら 「大丈夫。リオットのこと嫌いになったりしてないよ」 と言い、リオットの前に人差し指を差し出す。すると、リオットはその指を両手でしっかりと握り締めた。 「仲直りの握手だね」 「キィキキ」  微笑むウィリアスとそんなウィリアスにじゃれつくリオット。そんな一人と一匹の様子を見て青年は「やれやれ」と呟いた。  そこにフィズがやってきて青年に微笑みかける。 「お帰りなさい、フィート」 「ただいま、フィズ」  青年はそう返すと後部座席に積んである荷物の中から一つ石を出してフィズに渡す。 「これは……?」  石をよく見れば所々陽の光を反射して紫色に煌く部分がある。 「〈紫玉〉っていう宝石の原石。磨くと綺麗だから、人形に使えるんじゃないかと思って。フィズへの土産」 「土産って……そう簡単に手に入るものでもないでしょう?」  紫玉といえば限られた地域でしか採れない希少な石で、手に入れられるのは権力者などの一部の人間だけだと言われている。  それを青年が事も無げに渡してきたのだからフィズが驚くのも無理はない。けれど、青年は平然と 「簡単だったぜ?」 と返した。  その様子にフィズは何かを察し、溜め息を吐く。 「……また行ったのね?」 「まあ、ね」  楽しそうに青年がそう返すので、フィズは再び深い溜め息を吐いた。そこへリオットとじゃれていたウィリアスがやってくる。 「母さん、公安の人がこれ持ってきたよ」  そう言ってウィリアスが見せたのは一枚の紙だった。フィズはそれに目を通すと、無言で青年に手渡した。 「ん? 何?」  青年が紙を見るとそこには〈手配書〉という文字と手配されている人物の名前、現在の賞金額が書かれている。 「ふうん。あれだけでこんなに賞金が上がるんだな」  青年はさして興味もなさそうにそう言うとその紙を手放し風に乗せた。 「フィート、凄いね!」  先に紙を見ていたウィリアスがそう言って笑う。 「キッキキキーッ!」  リオットもウィリアスの言葉に賛同するように興奮して宙返りを繰り返している。 「……やっぱりこうなるのね……」  フィズはそう呟いて、風に乗って飛んでいく手配書を目で追った。  手配書が翻る度に見えるのは目の前にいる青年の顔。 〈手配書〉 フィート=ウェルディアーヤ S級盗賊 賞金額☆☆☆☆☆    彼こそが今、世間を騒がせている若き盗賊だった。